東京地方裁判所 昭和46年(ワ)2180号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕当裁判所は、本件においては、利廻り方式を採用しない。その理由の一は、底地価格の概念ないし決め方があいまいであるからである。底地とは、借地権の設定された土地について土地所有者が権利を有する部分ないし割合であると考えられるが、底地自体は更地や借地権と異なり、一般に投機の対象とは考えられておらず、従つて売買される例も少ないので、底地相場といつたものは成立していない。そのため、底地価格は、直接的にいくらと決定されることはなく、単に更地価格から借地権価格を控除した残存価格として、間接的に算出されており、その計算の結果として観念上それだけの価格が地主に帰属するものと擬制されているに過ぎないのである。又、右の事情に対応して、現在の借地権付土地の所有者の大半は、底地価格といわれる額と同額の資本を投下して最近においてその土地を取得したのではない。それなのに昨今の異常な地価上昇ブームの結果、観念上の底地価格も上昇する一方なのである。従つて、このような実情の下において、擬制された底地価格を基準として、利廻り計算をすることは適当とはいい難く、その計算の結果による地代は、通常、現行地代の一〇数倍となり(本件においても鑑定の結果によると12.5倍となる)、当事者や一般市民の感覚とはかけ離れたものとなり易いのである。むしろ、適正な底地価格は、現行地代ないし想定の適正地代からそれだけの収益しか挙げられない元本をとして逆算して定められるべきものともいうことができよう。
次に、右述の底地価格の決め方の点を暫らく措くとしても、借地権者が多くの場合に、その土地の利用により適正利潤率に相当する程の利益を挙げていないことは、利廻り方式を採用し難いことの理由の一とすることができよう。例えば、時価五千万円の土地の上に、借地権者が一億円の資産を投じてマンションを建設し、年額九百万円の家賃収入を得たとする。この場合、総投下資本額は一億五千万円で収益は九百万円であるから、利潤率は年六分ということになる。そして借地権価格と底地価格の割合を七対三と仮定すれば、借地権者の投下資本額は合計一億三千五百万円で、所有権者のそれは千五百万円であるから、その比は九対一となり、この比率に従つて収益の九百万円を分配することは合理的であるといえよう。つまり、この場合には、地主は底地価格に対して年六分に相当する地代を請求しても差支えないことになろう。
しかし、借地人の大多数は右のように土地を高度に利用する意思も能力もなく、本件のように自己の住宅用に利用しているに過ぎない。例えば、右の五千万円の土地の上に千万円の個人住宅を建築するのが通常である。この場合に借地人の受ける利益を正確に計算することは難しいが、恐らく総投下資本額六千万円の年六分に当る年額三六〇万円(月額三〇万円)をかなり下廻るものというべきであろう。
しかして、特約のないかぎり、賃借地をどのように利用するかについては、地主は借地人の意思と能力にまかせたものと解すべきであるから、借地人が借地を自己の居住住宅用に利用し、適正利潤率に相当する利益を挙げていない場合に、当然前述のような高度利用をしているものとみなして、ひとり地主のみが右率に相当する利益を地代として請求しうるとするのは公平を欠くものというべきであろう。
そこで、公課方式、スライド方式、比較方式、統制令方式等を検討することとする。
思うに、右の諸方式は、それぞれ一長一短であり、いずれか一つをもつて決定的となすべきものではないと考える。既に、借地法第一二条は、地代増額の要件として、公課の増加、土地の昂騰および比隣の地代の変化を挙げているが、これは前記各方式の基礎となる事実であり、結局、裁判所としては、これらの事実と共に、当事者間で賃貸借契約が結ばれるに至つた事情、権利金の有無ないしその額の大小、契約期間の長短、使用目的およびその変更の有無、地代増額の頻度およびその幅等諸般の事情を考慮して適正地代額を決定すべきものであろう。(なお、統制令方式は、考え方としては利廻り方式によるものと解されるが、結果の不当さを避けるため土地の価格を極端に低く評価するという作為を施しており、統制令の適用のない土地の地代の算出のためには、余り参考にならないものと考える。) (武藤春光)